中川教授の触媒学講座 (9):触媒の実験室での使い方
固体触媒を扱う際の注意点
まず初めに、安全に関わる一般的な注意点を述べておきます。
- 還元剤により活性化された金属触媒は発火の危険がある。
水素化に用いた貴金属触媒が典型例ですが、金属触媒が還元条件で活性化されると、酸化触媒としての活性も高くなっているため、有機物および空気に触れると発火することがあります。 特に、有機溶媒中での反応後の活性炭担持触媒はきわめて発火リスクが高いです。 還元反応に使用した後の金属触媒は、水で濡らした状態で、独立した小型の容器に入れて保管します。 水で濡らすことで発火を防止し、その後乾燥したとしても湿った状態でゆるやかに空気と触れることで十分に活性を下げる余裕ができます。 同様の理由で、乾燥した金属触媒は水素・空気混合ガスを着火させます。 - 水素ガスまたは酸素ガスを使う反応は飛散防止対策を行う
ガラス容器を用いて水素ガスまたは酸素ガスを使う反応を行う場合、爆発的燃焼による容器破裂のリスクがあります。 万が一破裂しても人的被害を起こさないよう、容器をドラフトの中に置く、スクリーンを立てるなどを行い、容器破片が飛散しないようにします。
液相回分式反応
フラスコや高圧反応器を用い、溶液中で反応物と触媒を混合して所定時間反応させるタイプの反応です。 触媒に不慣れな研究グループが行う触媒反応実験はほぼこのパターンとなるでしょう。 このパターンでは、ガスを反応物として使用しない限りは、試薬を用いた反応実験と大きな差はありません。 後処理が問題になるのも上述のように貴金属触媒で還元反応を行った場合ぐらいです。
一方、ガスを用いる反応は気を遣う点が多くあります。 特に、水素ガスを用いた金属触媒による反応は、爆発リスクがあるため注意が必要です。 絶対に守るべきポイントは、上述のように、「乾燥状態の触媒と水素と空気を共存させない」です。 金属触媒は全量が常に溶液に浸っている状態にしてください。 その上で、念のため、水素と酸素が爆発範囲濃度外(水素4 vol%以下または酸素5 vol%以下(空気として25 vol%以下))に保たれるように操作します。
ガラス製の反応器を用いる場合、水素ガスの導入は風船を使うのが一般的です。
三方コックに風船を取り付け、減圧して風船が潰れた状態から風船に水素を吹き込みます。
反応器にコックを取り付け、減圧して反応器内の空気を完全に除去してから反応器に水素を導入します。
反応中、水素が消費されても反応器内部が負圧にならないよう、風船と反応器の間はつないだままにします。
風船には十分な水素を入れておき、反応器をやや加圧状態に保ち空気が入り込まないようにして反応させます。
反応終了後は、フラスコのように口が狭い反応器については、反応器内の水素は減圧するか不活性ガスを吹き込むかして取り除いてから反応器を大気開放するようにします。
水素ガスをバブリングにより反応中も連続導入させる方法もあります。この場合は、反応前と反応後は不活性ガスで反応器を満たし、空気と水素が混合しないようにします。
高圧反応器を用いる場合は、4気圧以上の水素を使えば1気圧空気と混合しても爆発範囲外となるので、水素ガス(例えば10気圧)による加圧-減圧を繰り返すことで簡単に水素パージを行うことができます。 もちろん念のため不活性ガスによる加圧・減圧を水素導入前に行うとより安全です。 水素パージ後は反応器を水素加圧状態とし、漏れがないことを水素センサーを用いて十分に確認した後、反応器を加温します。 高圧反応器は口が広いので、反応後冷却し1気圧まで減圧したらそのまま開いて大気開放して構いません。
酸素ガスを用いた触媒反応では、溶媒への着火、および溶媒によっては溶媒蒸気の爆発的燃焼がリスクとなります。 めったに起きないので、防止よりは万が一起きた際に大被害とならないようにする方向での対策が取られます。 水が溶媒ならこれら両方のリスクが完全になくなるので、水溶媒による反応の開発は有意義です。 また、反応操作とは別の話として、酸化反応により有機過酸化物が生成することで、反応後の濃縮操作段階で爆発がおこる可能性も考えられます。 濃縮目的には、蒸留よりはカラムクロマトグラフィーを用いた方が安全です。
流通式反応
流通式の反応器は専門の人がいない状況で扱うことは通常ないので、詳細は省きます。 専門の装置管理者、装置付属のマニュアルの指示に従って操作します。 ここでは、流通式反応で知っておくべき事項をいくつか紹介します。
- 整粒操作
流通式反応では、反応器内の流れが均一で、圧力損失が小さいことが望まれます。 そのため、粉末状の触媒については、そのまま用いることはせず、別の構造体に付着させるか、そろった大きさの粒子に成形するかして用います。後者で行うのが整粒操作で、まず粉末を圧縮して固め、乳鉢でつき崩し、そしてふるいにかけて特定の範囲の大きさの粒子のみを集めます。 - 前処理
金属触媒による流通式反応は通常、反応物を流す前に前処理として水素を流して還元を行います。貴金属では200~300℃、非貴金属では500℃程度で行うことが多いです。 前処理後、不活性ガスを流し続けて水素の除去と空気との接触抑止を行い、そのまま反応へ移行します。 酸化物触媒でも、付着物の除去などを目的とし、空気を流して加熱する前処理を行う場合もあります。 - コーキングと閉塞
改質反応などのように炭素析出(コーキング)が起きる反応では、析出したコークにより反応器が閉塞してしまうことがあります。 この場合は圧力の上昇や流速の低下が見られます。 こうなってしまったら反応の続行はできません。 装置にも悪影響がありますから、完全に閉塞する前に反応を停止させましょう。 - 触媒の再使用
流通式反応では、触媒劣化がなければ、違う条件での実験を同じ触媒を用いて行うことができます。 実験と実験の間隔があく場合、不活性ガスで触媒層を満たしておきましょう。 また、各日最初と最後に標準的な同じ条件の反応実験を行い、触媒劣化が起きていないことを確認するのがよいでしょう。 - 触媒の回収
気相で行う金属触媒の流通系還元反応は、反応後触媒が活性化されている状態なので、空気と触れたときに可燃物があると発火します。 水素は不活性ガスを流して十分に除去しておきましょう。 取り出す際も薬包紙の上に出すと薬包紙が燃えることがあります。 ガラスの上に取り出すようにしましょう。
回分式反応での触媒前処理
市販の貴金属触媒(パラジウム-炭素(Pd/C)など)は、通常、反応条件での水素で容易に表面が活性化されるため、前処理は不要です。
しかし、市販ではない金属触媒は前処理が必要なものが多いです。
前処理は、流通式反応器を用いて行うことが一般的です。
触媒反応と異なる点として、流れの均一性は触媒反応ほど重要ではないので、整粒操作は通常行いません。
還元後、取り出す際の急激な酸化を抑えるため、室温に冷却した後に希釈した酸素(通常2 vol%以下)を30 min程度流し、穏やかに金属表面を酸化してから空気下に取り出す、ということもよく行われます。
不動態化 (passivation) と呼ばれる操作です。
Ni触媒で特に有効です。
しかし、この不動態化操作を行っても、空気に触れてしまった触媒が反応条件下で十分活性化されないこともあります。
その場合は、還元後触媒を空気に触れないようにしながら回分式反応器に移す必要があります。
流通式反応器(反応管)の前後にコックを取り付け、前後が閉じた状態で反応管を取り出し、グローブボックスに入れ、グローブボックス内で回分式反応器内に触媒と反応物等を入れる、という操作となります。
生成物の分析
触媒反応実験の生成物は、ガスクロマトグラフ (GC) 、高速液体クロマトグラフ (HPLC)、質量分析(MS)、NMRのいずれかを用いて分析するのが一般的です。 GCが最も簡便なのでGCが利用できる場合はGCを優先して用います。
ガラス製反応器の回分式反応では、定期的に液相を少量注射器で取り出して分析します。1回の実験で時間変化(経時変化)を追いかけることができます。
高圧回分式反応器では、気相や反応器壁面等に存在する分も無視できないので、所定時間の反応終了後に反応器内全体を洗浄して回収して分析し、1回の実験からはこの1点のみのデータを取得します。 気相の分析も欠かせないことが多いです。 経時変化を求めたいときは反応時間を変えた反応実験を各点ごとに行います。
流通式反応では、出口ガスを注射器で回収する、出口ガスをGCや質量分析器に直接導入する、出口ガスを一定時間吸収液に通して(トラップ)その液体を分析する、といった手法が採られます。 流通式反応では、反応の時間変化は回分式とは意味が違い、始めの方の変化は反応が定常となるまでの安定化挙動を、後の方の変化は触媒の安定性挙動をみていることになります。 回分式での経時変化に相当する、反応の進行に伴う生成物の割合の変化は、反応物の流通速度を小さくしていく、または触媒量を増やしていくことでの反応結果の変化と対応します。 もし触媒の劣化が無視できるならば、反応物の流通速度を変化させた実験を同じ触媒で次々行うことで、経時変化に相当する結果を一気に得ることができます。 このような実験では、触媒の劣化が無視できることを確かめるため、いろいろ条件を変えた後最後に、最初に行った条件での反応をもう一度行って、最初と同じ結果になることを確かめるのがよいです。
|(1)触媒の意義|(2)よい触媒とは| (3)触媒反応の機構|(4)触媒反応の分類| (5)均一系触媒|(6)不均一系触媒:金属触媒| (7)他の不均一系触媒|(8)担持触媒の調製法| (9)触媒の使い方|