中川教授の触媒学講座 (1):触媒の意義
触媒を使う意義
触媒は、化学反応の速度を向上させる働きをするものです。 何かある特定の物質が欲しいとき、また逆にある有害な物質を分解除去したいとき、触媒をうまく用いることで無駄なく目的を達成させることができます。 触媒が多く用いられている分野は、前者の物質合成の目的では石油化学産業、後者の有害物質分解では自動車や工場の排ガス浄化です。
何かを化学的に合成したい、または何かを化学的に分解したい場合、触媒の専門家に是非相談ください。 触媒は繰り返し使えることがメリットですが、値段は結構高いです。 大規模に行いたい、長期間行いたい場合に特に触媒が有効です。 例えば、悪臭除去が目的の場合、一時的な対処であれば強力な薬品や吸着剤を使い捨てで用いればよいですが、長期間効果を発揮させたいなら触媒が優れています。
もう一つの触媒の意義としては、化学的にちょっと変わった性質を持っている材料が手元にある場合の活用先です。 触媒は化学の中で社会的に役立っている分野のため、ある材料が何か役に立たないか、を考える際の候補の一つです。 これについても触媒の専門家に是非相談ください。
触媒にできること、できないこと
触媒は化学反応を促進させる働きで、反応速度を向上させますが、平衡は変えません。 平衡となる濃度が進みうる限界となります。 生成物の平衡濃度が小さすぎる場合は触媒ではどうにもなりませんので、反応自体を変える必要があります。 一応、「電気を使う」「光を使う」という逃げ道もありますが、とんでもなくコストが上昇するので多くは非現実的です。 ということで、まず考えるのは目的反応の化学反応式です。 化学反応式は左右両辺で元素毎に原子数が一致していないといけません。 イオンを含む反応式では左右両辺で電荷の合計も一致させましょう。 炭素や酸素が両辺つりあわない場合は、二酸化炭素や水を左右どちらかに加えて調節します。
さて、目的反応で消費される物質(左辺にある物質)、生成する物質(右辺にある物質)は、目的にかなっているでしょうか? 触媒は化学反応の促進であって、化学反応そのもの、反応物と生成物の組み合わせ、に不満があったらどうしようもありません。 理想の反応式を立てましょう。
続いて、この反応が熱力学的に進みうるかを判定します。厳密には熱力学データベースを用いて自由エネルギー変化(ΔGr)を計算する必要があります。 ただ、左辺にO2のような酸化剤がある有機反応は、一般に十分熱力学的に有利で計算するまでもありません。 しかし、還元反応の場合は一概に言えません。「左辺にH2があり、かつ右辺にH2Oがある有機反応」はほとんどは進みうる反応ですが、 カルボン酸からアルデヒドへの還元(CH3COOH(l) + H2(g) → CH3CHO(l) + H2O(l), ΔGr° = +30 kJ/mol)のように例外もあります。 一方、酸塩基反応は自由エネルギー変化が小さいことが多く、完全に進行させることが難しい代わり、全く進行し得ないということも少ないです。 酸塩基反応では平衡の限界を意識しながら行うことが多いです。
反応における自由エネルギー変化(ΔGr)を熱力学データベースを元に計算するには以下のように行います。
熱力学データベースとしてはWebでアクセスできるNIST Chemistry WebBookが使いやすいでしょう。
各物質について、標準生成エンタルピーΔHf°、標準エントロピーS°のデータを集めます。
標準エントロピーはちょっと複雑な分子になると入手できなくなりますが、ここでは精密な計算を必要とするわけではないので、相(固体/液体/気体)が同じで似たような大きさの分子の値を流用しても大きな問題はありません。
反応式に沿って、反応によるエンタルピー変化(ΔHr°)とエントロピー変化(ΔSr°)を計算します。
標準状態での反応の自由エネルギー変化ΔGr°は、温度T = 298 K を用い、ΔGr° = ΔHr°
- T ΔSr° として求められます。S の単位は J/mol/K なので、自由エネルギー変化を kJ/mol で表す際、1000で割るのを忘れないようにしましょう。
平衡定数 K = exp(-ΔGr°/RT) (R: 気体定数) の関係があり、目安としては反応が完全に進みうるには ΔGr° が -25 kJ/mol 以下、ほんの少しでも進めばよいとしても +25 kJ/mol 以下が必要です。
熱力学計算の例
グリセリンからアクリロニトリルは直接合成できる?
グリセリン:C3H8O3
アクリロニトリル:CH2=CHCN (C3H3N)
反応式を立てる
反応物を左辺、生成物を右辺に:C3H8O3 → C3H3N
窒素をアンモニアで供給:C3H8O3 + NH3 → C3H3N
酸素を水の生成で合わせる:C3H8O3 + NH3 → C3H3N + 3H2O
水素をH2で合わせる:C3H8O3 + NH3 → C3H3N + 3H2O + H2
これでつりあいがとれたので反応式が完成
熱力学で判定
データベースから、標準生成エンタルピーΔHf°がグリセリン(液)で-669 kJ/mol、アクリロニトリル(液)で+140 kJ/mol、
アンモニア(気)で-46 kJ/mol、水(液)で-286 kJ/mol、水素(気)は0。
標準エントロピーS°は、グリセリンはデータベースにないけれども同程度の大きさの液体分子からみて250 J/mol/Kと推定、
アクリロニトリルで179 J/mol/K、アンモニアで193 J/mol/K、水で70 J/mol/K、水素で131 J/mol/K。
これをもとに標準状態での反応の自由エネルギー変化ΔGr°を計算すると、
エンタルピー項(ΔHr°)が +140 - 286×3 + 0 - (-669) - (-46) = -3 kJ/mol、
エントロピー項(-TΔSr°)が -298×(179 + 70×3 + 131 - 250 - 193)/1000 = -23 kJ/molとなり、
ΔGr° = -26 kJ/mol。負の値になっているので熱力学的に可能な反応であり、触媒により達成できる可能性がある。
なお、エントロピーの誤差を+/-50 J/mol/K とすると、自由エネルギーに与える誤差は +/- 15 kJ/molとなる。
今回は酸素と水素を水とH2で合わせたが、水とO2で合わせると、反応式は C3H8O3 + NH3 + 1/2O2 → C3H3N + 4H2O となる(グリセリンのアンモ酸化)。 同様に計算すると、ΔHr° = -289 kJ/mol、ΔGr° = -260 kJ/mol で、熱力学的に圧倒的に有利である。
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